孤独がコンテンツになるとき:「孤独系インフルエンサー」の台頭

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2026年9月30日

日本は40年間、孤独を深めてきた。データが示す「誰が」は、あなたの想像とは違う

Stephen Fonseca

(2026年10月2日)

こんな場面を想像してみてください。ある人が自宅でひとり亡くなり、何日も、あるいは何週間も誰にも気づかれない。その数を76,941人に掛け合わせてみてください。これが、2025年に日本の警察が取り扱った、自宅でひとり亡くなった人の数です。そのうち58,919人が65歳以上でした。

ところが、そこでは予想とは違うことが起きています。40年にわたって測定されてきた日本の孤独感は確かに上昇していますが、その中心は高齢者ではありません。孤独感が最も高いのは30代であり、他の先進国ときれいに比較できる唯一の指標で見ると、日本はむしろ最も孤独感の低い国なのです。

それなのに、なぜこれほど多くの人が亡くなったまま発見されずにいるのでしょうか。答えは「感情」と「境遇」の違いにあり、この話はそこから始まります。

要点

183のデータセットを対象とした2026年のメタ分析によれば、日本の孤独感は1983年から2023年にかけて上昇しました。ただし上昇は青少年と女性に集中しており、成人と高齢者には有意な変化は見られませんでした。政府自身の年次調査では、孤独感は2021年以降、約4.5%で横ばいです。

40年分のデータ、183の研究、ひとつの明確な傾向

孤独という極めて個人的なものを、40年にわたってどう測ればよいのでしょうか。基本的には、答えを比較できるほど長い期間、同じ形で問われ続けてきた質問が必要です。日本では、それがUCLA孤独感尺度です。1970年代に作られた一連の質問項目で、それ以来ずっと使われてきました。

2026年4月、東京の中央大学の研究者2人が、この尺度を用いた日本の研究を見つけられる限り集めました。その結果、1983年から2023年までの81件の研究、183の個別データセットが集まりました。これらをグラフにすると、40年間でスコアが上昇していることがわかり、日本の孤独問題の深刻さが浮き彫りになりました。

この傾向は、当然予想される反論にも耐えます。たとえば、結果をゆがめかねない特異な研究を除外し、同じ版の質問票を使った研究だけに絞っても、上昇は確認できました。同じ上昇傾向は2019年以前にも見られます。つまり、コロナ禍よりはるか前から、何十年にもわたって上昇は続いていたのです。

表1 — 40年間の上昇は実際にどこで起きたのか

グループ調査年との相関p値データセット数判定
全体r = 0.428< 0.001183有意な上昇
青少年r = 0.2390.014104有意な上昇
成人r = 0.0010.99822まったく変化なし
高齢者r = 0.2240.33121有意差なし
女性r = 0.5520.01220有意な上昇
男性r = 0.3120.18120有意差なし

出典:Homma & Takase、Frontiers in Psychology、2026年。成人、高齢者、男女別の分析ではデータセット数が少ない点に注意が必要です。そこで有意な傾向が見られないのは、本当に横ばいだからではなく、統計的検出力が低いためかもしれません。

とはいえ、孤独感の上昇は全員に及んだわけではありません。10代と女性はより孤独になりましたが、成人はグループとして40年間まったく変化していません。高齢者にも明確な変化は見られませんでした。

だからといって、日本の高齢者は大丈夫だという証拠として読むべきではありません。研究者たちの手元には、10代のデータが他のどのグループよりもはるかに多くありました。10代の104データセットに対し、成人は22、高齢者は21にすぎません。データが少ないほど、傾向の有無を見極めるのはずっと難しくなります。これらの行に対する誠実な答えは「上昇したという明確な証拠はない」であって、「上昇しなかったという証拠がある」ではありません。

研究者たちは、同じ期間に孤独感とともに変化した要因(世帯規模の縮小、婚姻率、オンラインで過ごす時間など)も調べました。ただし、これらは40年間に並行して動いたパターンであって、孤独感の原因ではないと強調しています。

上昇はコロナ禍のはるか前から始まっていた

新型コロナですべてを説明できれば話は簡単ですが、そうはいきません。

先に述べたとおり、日本の孤独感のデータは、パンデミックが起きるずっと前から上昇傾向を示していました。これで、最近の上昇に対する最もわかりやすい説明は成り立たなくなります。日本の孤独感を押し上げてきた要因が何であれ、それは誰もがコロナウイルスという言葉を知る前から作用していたのです。

それでも、パンデミックは確かに爪痕を残しました。孤独感の平均スコアは2017〜19年から2020〜22年にかけて上昇しており、これは実際に測定できる段差です。しかし、段差は階段とは違います。コロナの数年間だけに注目すれば、跳ね上がりが見えます。その前の40年間を振り返れば、着実な上昇傾向があり、パンデミックがそれを一時的に加速させたことがわかります。

この違いは、問題をどう理解し、どう議論するかに関わってきます。孤独をパンデミックの副作用とみなすなら、対応もパンデミック規模でよいことになります。日常が戻るのを待てば、問題は消えるというわけです。しかし、日本のデータが示しているのはそういうことではありません。上昇はウイルスより前から始まっており、その根底にある力は2020年よりずっと前から動き出し、その後も逆戻りしていないのです。

上昇の担い手は高齢者ではなく10代だった

数字は、日本が自らについて語ってきた物語と一致しません。世間のイメージでは、孤独は人生の終わりに訪れるものです。ところが数字は、孤独がもっと早い時期に、まだ何十年もの人生を残した人々に訪れていることを示しています。

40年間の傾向は「誰が」を教えてくれます。上昇が見られるのは主に10代で、成人と高齢者はまったく寄与していません。この研究で最も一貫した指標を見る限り、日本の高齢者が40年間で孤独になったという明確な証拠はありません。この問題と最も結びつけられてきたグループこそが、傾向線では横ばいのままなのです。

日本の全国統計は、同じことをさらにくっきりと示しています。内閣府は2021年から毎年、無作為抽出した16歳以上の2万人を対象とする法定調査を実施しています。2025年調査では、30代の6.1%が孤独感が「しばしばある・常にある」と答えました。70代ではこれが2.5%で、世間のイメージとはまさに正反対です。

表2 — 年代別の孤独感と、人生の終盤に起きる逆転

年代孤独感が「しばしばある・常にある」(2025年)
16〜19歳3.3%
20代5.5%
30代6.1%
40代5.7%
50代5.7%
60代4.0%
70代2.5%
80歳以上3.0%

出典:内閣府、2025年調査、n = 11,873。65歳以上は成人のどのグループよりも孤独感が低い一方で、国内の孤独死の76.6%を占めています。

孤独感は20代から30代にかけて上がり、40代と50代では横ばいを保ち、60代と70代で下がっていきます。

インフォグラフィック1:日本で最も孤独なのは70代ではなく30代

棒グラフ:日本では孤独感が「しばしばある・常にある」人の割合が30代で6.1%、70代で2.5%。60代以降は2.5〜4.0%に下がる

注目すべきは、高齢者の横ばいという結果が、若者の上昇に比べてはるかに少ない研究数に基づいている点です。したがって、高齢者が元気にやっているという意味には受け取らないほうがよいでしょう。

これによって問題の焦点は、日本の若者の孤独へと移ります。そこで疑問が残ります。若者が最も孤独なグループだとすれば、なぜこの国の孤独死はこれほど高齢者に集中しているのでしょうか。その答えは後ほど見ていきます。

日本政府の調査では、孤独感は2021年から変わっていない

日本の孤独感については、もうひとつの数字があり、それは最初の数字と食い違っています。

内閣府が実施する法定調査の2025年調査は12月に実施され、2026年4月14日に公表されました。中央大学のメタ分析が発表されたのと同じ時期です。

中心となる質問は単刀直入です。孤独を感じる頻度を尋ね、「しばしばある・常にある」「時々ある」「たまにある」「ほとんどない」「決してない」の5つの選択肢を示します。2025年には、4.5%が「しばしばある・常にある」と回答しました。さらに13.7%が「時々ある」と答えています。最も多かったのは「ほとんどない」の41.6%でした。

目を引くのは水準ではなく、その横ばいぶりです。

表3 — 日本の全国調査には近年の傾向が見られない

調査実施年20212022202320242025
孤独感が「しばしばある・常にある」4.5%4.9%4.8%4.3%4.5%
UCLA孤独感尺度(3項目版)の最高区分(10〜12点)6.3%7.1%6.9%6.5%6.5%
有効回答数11,86711,21811,14110,87111,873

出典:内閣府「人々のつながりに関する基礎調査」第1〜5回。毎年、16歳以上の2万人を無作為抽出。

日常的に孤独を感じると答えた人の割合は、5年間・5回の調査を通じて4.3%から4.9%の間で推移しており、これは調査の誤差の範囲内です。2行目は別の尺度(UCLA孤独感尺度を3項目に短縮した版)を使っていますが、同じことを示しています。5年間で6.3%から6.5%に増えただけです。どちらの指標にも、状況の悪化を示す傾向はありません。

これが、孤独をめぐる議論の中心にある厄介な事実です。日本の孤独に関する調査結果が示すこの5年間は、誰もが最悪だったと考える時期そのものです。パンデミック、その後の混乱、そして孤独が政府の重点課題として名指しされた時期です。それなのに、日本自身の全国的な指標では、何も動かなかったのです。

いくつかの点ははっきりさせておく価値があります。これは、2021年の4.5%という数字が絶対的な意味で低いということではありません。日本の成人の22人に1人が常に孤独を感じていると答えるのは相当な人数ですし、調査では、穏やかな回答も含めると37.7%が何らかの孤独感を抱いていることもわかっています。また、孤独が問題ではないという意味でもありません。後で触れる政府自身の孤独死の数字を見れば、そんな主張はとてもできません。

この結果が意味するのは、もっと限定的で、もっと役に立つことです。長期的な学術研究の傾向が上向きである一方で、日本の孤独感の代表的な指標は、直近5年間は安定していました。どちらも事実です。問題は両者がどう整合するかであり、その答えは、日本が実際にどれほど孤独かと同じくらい、孤独がどう測られているかについて多くを語っています。

信頼できる2つの情報源が、なぜこれほど食い違うのか

どちらのデータも、確かな機関によるもので信頼できます。では、なぜ一方は40年間の上昇を示し、もう一方は横ばいを示すのでしょうか。

第一に、両者は異なる期間に異なるものを測っています。メタ分析は40年分の研究の平均値を統合したもので、183のデータセットのうち104を占める青少年に大きく偏っています。内閣府の調査は、全国から無作為抽出したサンプルを5年間追ったものです。10代に集中した長くゆるやかな上昇は、直近の短い期間に全国平均が動かないこととまったく矛盾しません。

第二の説明は、統計的検出力に関わるものです。メタ分析で変化が見られなかった部分(成人と高齢者)は、はるかに少ない研究に基づいています。横ばいという結果は、この研究のなかで最も裏づけの弱い知見であり、最も強い知見ではないことも覚えておくべきでしょう。

第三に、日本の孤独に関する統計は、質問の仕方によって部分的に左右されている可能性があります。メタ分析の著者自身がこの点を明確に指摘しています。分析したスコアには、使用した尺度の項目数と、どの日本語訳を選んだかという2つの要因が有意な影響を与えていました。青少年の場合、20項目の完全版を使ったことの統計的な影響は、調査年そのものの影響よりも大きかったのです。年代よりも質問票のほうが重要だったということです。

著者らはさらにもうひとつの可能性を挙げており、その姿勢は評価されるべきでしょう。日本人はこの40年間で、単に孤独を認めることに抵抗がなくなっただけなのかもしれません。孤独が社会問題となり、対策を担う大臣が任命され、法律が成立するにつれて、「私は孤独だ」と口にすることへの偏見は弱まりました。報告される孤独感が増えることは、必ずしも孤独そのものが増えることと同じではないのです。

唯一の厳密な比較では、日本は最も孤独感の低い国

日本は世界で最も孤独な国なのでしょうか。おそらく、そういう印象をお持ちでしょう。この主張は繰り返し語られていますが、入手できる最良の証拠に照らすと誤りです。

国ごとの孤独感を比べる際の問題は、ほとんどの国が異なる形で質問していることです。2025年10月、OECDが初めて厳密な国際比較データを公表しました。OECDは、「全般的にどの程度孤独を感じるか」という同じ形で質問している4か国を特定しました。これらの国の回答は直接比較できます。その結果は、ステレオタイプが予想するものとは違っていました。

表4 — 唯一の厳密な国際比較で、日本は最も低い

国孤独感が「しばしば・常にある」(2023〜24年)
日本5%
イングランド7%
アメリカ12%
カナダ14%

出典:OECD、Social Connections and Loneliness in OECD Countries、2025年。この4か国は同じ文言で質問しています。OECD加盟国の多くは異なる参照期間を用いており、比較できません。

4か国のなかで日本は最も低い数字です。頻繁に孤独を感じると答えた人の割合は、カナダの3分の1近くにとどまります。孤独死を「生んだ」とされる国が、公平な比較ができる唯一の指標では、イングランド、アメリカ、カナダよりも孤独感が低いのです。

インフォグラフィック2:孤独担当大臣のいる2か国で孤独を感じる人の割合が最も低い

棒グラフ:孤独感が「しばしば・常にある」人の割合は、孤独担当大臣のいる日本で5%、イングランドで7%。担当大臣のいないアメリカは12%、カナダは14%

この結果は誤用されやすいため、慎重に扱う必要があります。日本に問題がないという意味ではありません。むしろ、この国の問題は多くの人が考えているのとは違う形をしていることを示唆しています。日本の人々が調査で答える孤独感は、比較的低い水準です。一方、測定される孤立(ひとり暮らし、ひとりでの死、社会からの完全な撤退)は比較的高い水準にあります。この2つは別物であり、日本は一方では悪く、もう一方では良い数字を示しているのです。

これがパラドックスです。ある国が他国より孤独感が低くても、孤独死の危機を抱えることはありえます。孤独は人が感じるものであり、孤立は人の身に起きることだからです。日本の数字が示しているのは、多くの人は感情の面で特に孤独というわけではないものの、かなりの少数派が物理的な意味で深く孤立している社会の姿です。そして、この2つのグループの重なりは、誰もが望むよりも小さいのです。

1日211人が自宅でひとり亡くなっているのが見つかる

この話題を世界に広めたのは、この数字です。2025年、日本の警察は自宅でひとり亡くなった76,941人の遺体を取り扱いました。1日あたり211人、その年に警察が取り扱った全遺体の37.6%にあたります。

日本の近代史の大半において、こうした死には公式の名称も統計もありませんでした。個人的な悲劇とされていたのです。2024年に孤独・孤立対策推進法が施行され、政府は初めてこれを定義しました。2025年5月には初の公式推計が公表されました。2024年に死後8日以上経ってから発見された死者は21,856人で、その80%が男性、70%が65歳以上でした。

2025年の数字は、さらに多くを物語っています。見つかった遺体のうち約22,222人が、少なくとも8日間発見されないままでした。約58,919人が65歳以上で、2024年より875人増えています。残りはそれより若い人々でした。

この現象は「孤独死」と呼ばれます。この言葉は日本で特別な重みを持っています。ひとりで亡くなり、しばらく発見されないことを指し、死から発見までの期間こそが、その人がどれほど世の中から離れてしまっていたかを測る物差しになるのです。

その期間について、少し立ち止まって考えてみる価値があります。2万2,000人以上が、死後1週間以上誰にも見つけてもらえませんでした。これは、孤独を感じていた日本人の数ではなく、気づいてくれる人が誰もいなかった人の数を表しています。

ここで、孤独感の統計と日本の孤独死とが袂を分かちます。そしてこれこそが、このテーマ全体の核心です。調査は、日本人が比較的孤独を感じていないと伝えています。警察の記録は、何千人もの人が完全な孤立のなかで亡くなっていると伝えています。どちらも事実であり、その間にあるギャップにこそ、2026年の日本の孤独の本当の姿があるのです。

ひとりで亡くなる人は、孤独を訴える人とは違う

矛盾を最も単純な形で示すとこうなります。日本で65歳以上の人は、成人のどのグループよりも孤独感が低いと答えています。その一方で、2025年に自宅でひとり亡くなっているのが見つかった76,941人のうち76.6%を占めているのです。

この2つの事実は政府のデータに並んで記されており、どちらにも異論はありません。内閣府の2025年調査では、孤独感が「しばしばある・常にある」人の割合は70代で最も低く(2.5%)、30代で最も高い(6.1%)という結果でした。警察の統計では、自宅でひとり亡くなった人の76.6%が65歳以上でした。

つまり、孤独と孤立は2つの別々の問題だということです。孤独は感情です。自分が持っている人間関係と、望んでいる人間関係とのギャップです。孤立は境遇に関する事実です。何人の人と、どれくらいの頻度で会うのか、そして自分が亡くなったときに誰かが気づいてくれるのかどうか、ということです。

日本は、孤独感は比較的低い一方で、孤立は比較的高い国です。この組み合わせこそが、日本の社会的孤立をこれほど危険なものにしています。高齢者は本当に孤独を感じていないのかもしれません。静かな暮らしを受け入れているのかもしれないし、そもそも誰かと過ごすことをあまり期待していなかったのかもしれません。それでいて、様子を見に来てくれる人がほとんどいない暮らしを送っているのです。感情には折り合いをつけられても、境遇はそうはいきません。

だからこそ、この国の孤独に関する統計は、どれほど丁寧に集められても、人の命を奪うものを測ることはできません。調査は、あなたがどう感じているかを尋ねることはできます。しかし、誰かがあなたを見つけてくれるかどうかは教えてくれないのです。

健康状態が悪いと孤独感は41倍、ひとり暮らしでは3倍

日本人はなぜ孤独なのでしょうか。この問いに答えるうえで最も役立つデータは、年齢や性別ではなく、境遇に関するものです。

内閣府の調査は、回答者の暮らしぶりを尋ね、その答えを本人が答えた孤独感の程度とクロス集計しています。結果は一目瞭然です。日本の孤独感は、ひとり暮らしかどうかよりも、健康状態や生活の苦しさとはるかに密接に連動しているのです。

表5 — 実際に孤独なのは誰か:その差は桁違い

境遇孤独感が「しばしばある・常にある」比較対象グループ倍率
健康状態が「よくない」32.9%「よい」0.8%41倍
相談できる人がいない23.4%いる 2.5%9.4倍
気軽に雑談できる人がいない25.0%いる 2.5%10倍
誰かと食事をすることがほとんどない17.3%毎日誰かと食事をする6.4倍
暮らし向きが「大変苦しい」14.7%「大変ゆとりがある」2.9%5.1倍
無職11.0%正規の職員・従業員 4.5%2.4倍
離別/未婚9.1%/9.0%配偶者あり 2.4%3.8倍
ひとり暮らし9.8%同居者あり 3.4%2.9倍

出典:内閣府「人々のつながりに関する基礎調査」2025年調査。倍率は公表された割合をもとに当サイトが算出したものです。

もう一度、1行目を見てください。健康状態が「よくない」成人は、「よい」と答えた人に比べて、常に孤独を感じると答える割合が41倍も高いのです。この差は、ひとり暮らしの人に見られる孤独感の上昇幅(3倍未満)をはるかに上回ります。

同じパターンが表の下まで続きます。相談できる人がいないこと、雑談できる人がいないことは、孤独感をそれぞれおよそ9.4倍、10倍にします。誰かと食事をすることがほとんどないと6.4倍、経済的な苦しさでは5倍ほどに増えます。無職であることは、およそ2倍です。

これは、そもそも日本人がなぜ孤独なのかという問いの見方を変えます。よく語られる説明は人口動態によるもので、高齢化、世帯の縮小、ひとり暮らしの増加といったものです。しかしデータを見ると、ひとり暮らしは予測因子としては弱いほうに属します。はるかに重要なのは、健康かどうか、お金があるかどうか、そして一緒に食事をする相手がたったひとりでもいるかどうかなのです。

これは政策にとって不都合な意味を持ちます。孤独を住まいの問題として、あるいは高齢化の避けられない結果として扱う政府は、孤独に苦しむ人の大半を見逃すことになるでしょう。日本のデータは、孤独を健康と格差の問題として捉えるほうが適切だと示唆しています。病気や貧困、日々の人とのふれあいの喪失とともにやってきて、手遅れになるまで気づかれないことの多い問題です。

次の問題は、これから何が起きるかです。政府自身の推計によれば、ひとり暮らしの日本人の数は急増する見込みです。

2050年、日本の世帯の44%が単独世帯に

孤独感の数字が現在を描くのに対し、世帯数の将来推計はこれから訪れるものを描いています。

国立社会保障・人口問題研究所は、この国の人々がどのように暮らしていくかについて定期的に推計を公表しています。それによると、日本の単独世帯は大きく増える見込みです。2020年の38%から2050年には44.3%へと上昇し、5,260万世帯のうち2,330万世帯に達します。そのうち世帯主が65歳以上の世帯の割合は、34.9%から46.5%に上がります。

最も急速に増えているのが、ひとり暮らしの高齢者です。2020年には65歳以上の737万人がひとりで暮らしており、全世帯の13.2%を占めていました。2050年にはこれが1,084万人、世帯の20.6%に達すると推計されており、47%の増加です。

簡単に言えば、20年余り後には、日本の世帯の5つに1つが65歳以上のひとり暮らしになるということです。

こうした変化は、どれも真空のなかで起きるわけではありません。社会がどんどん小さな単位へと着実に組み替えられ、ひとりで暮らす人が増え、その人たちに気づく人が減っていく国で起きているのです。

この推計は、政策対応をさらに難しくします。政府は相談窓口や地域のプログラムに予算をつけることができますし、日本は実際にそうしています。しかし傾向線が示しているのは世帯構造の変化(晩婚化、出生率の低下、長寿化、そして成人した子どもが親から離れて暮らすこと)です。これらは孤独担当大臣が解決できる問題ではありません。主として孤独の問題ではないからです。何十年もかけて変わり続けてきた社会の姿そのものなのです。

これから起きる「死別」から「未婚」への転換

近代日本の歴史の大半において、ひとり暮らしの高齢者といえば、ほぼ例外なく結婚して配偶者に先立たれた人でした。しかし推計が描く未来はそうではありません。

65歳以上のひとり暮らしのうち、一度も結婚したことのない人の割合は大きく増えていきます。男性では2020年の33.7%から2050年には59.7%に上昇すると推計されています。女性では同じ期間に11.9%から30.2%に増えます。

この変化を見過ごすことはできません。配偶者と死別してひとりで暮らす人には、たいてい子どもやきょうだい、義理の親族がいて、様子を見守り、何かおかしいときには気づいてくれます。未婚の人の場合、そうしたつながりはまれかもしれません。2050年に増えるひとり暮らしの高齢者世帯は、近しい親族がまったくいない人々の世帯になっていくでしょう。

その理由は人口動態にあります。日本の婚姻率は何十年も下がり続けており、いま老後を迎えようとしている世代には、これまでのどの世代よりもはるかに多くの未婚者がいます。

現在の配偶者と死別した高齢者は、日本で老後といえば概して家族を意味した最後の世代です。2050年の未婚の高齢者は、老後が概して「誰もいない」ことを意味する最初の世代になるでしょう。

世界で2番目に孤独担当大臣を任命した国

日本は、気づかないうちにこの問題に行き当たったわけではありません。孤独を個人的な悲しみではなく政策課題として扱った、世界で最初期の政府のひとつです。

2021年2月、政府は孤独・孤立対策担当室を設置し、それを率いる孤独・孤立対策担当大臣を任命しました。同様の措置をとっていたのは英国だけでした。同年6月、英国の「孤独啓発週間」に合わせて、日本の初代孤独・孤立対策担当大臣は英国の担当大臣とオンラインで会談しました。東京がこのテーマをいかに真剣に受け止めているかを示す、ささやかな外交上の演出でした。

制度づくりがそれに続きました。孤独・孤立対策推進法は2023年に成立し、2024年4月に施行されました。同法は国と地方公共団体の双方に責務を課しています。地方公共団体は支援の提供を調整することも求められ、内閣府には内閣総理大臣を本部長とし、すべての国務大臣で構成される孤独・孤立対策推進本部が設置されました。

成果はまちまちです。内閣府自身の調査では、2021年以降、孤独感の悪化は見られませんが、改善も見られません。一方で、孤独死は依然として1日200人を超えています。大臣と法律は、孤独を社会の課題として可視化することはできます。しかし、それだけで時間を巻き戻し、人と人とを再び結びつけることはできないのです。

日本の孤独についてよくある質問

日本は世界で最も孤独な国ですか?

いいえ。頻繁に孤独を感じると答えた日本人はわずか5%で、調査対象の4か国のなかで最も低い数字です。これに対し、カナダでは14%が同じように答えています。日本の問題は、人々が孤独を感じていることではなく、多くの人が孤立していることにあります。

日本では毎年何人がひとりで亡くなっていますか?

約76,941人です。これは警察が2025年について公表した統計に基づく数字です。そのうち22,222人は死後8日以上経ってから発見され、76.6%が65歳以上でした。

孤独死とは何ですか?

孤独死とは、自宅でひとりで亡くなり、しばらくのあいだ発見されないことを指します。2024年4月に孤独・孤立対策推進法が施行されるまで公式の定義はなく、初の公式な集計は2025年5月に公表されました。

日本では若者と高齢者のどちらがより孤独ですか?

若者です。常に孤独を感じると答えた人は、30代で6.1%、70代では2.5%でした。過去40年間の上昇は主に青少年の間で起きています。

ひきこもりとは何ですか?

仕事や学校に行かず、6か月以上自宅にとどまり続ける深刻な社会的撤退の状態です。15〜64歳で146万人がこれに該当すると推計されています。

日本の孤独は本当に悪化しているのですか?

ある程度はそうです。学術研究によれば、過去40年間で悪化しています。しかし直近5年間では、政府自身の年次調査に変化は見られません。両者は異なる期間に異なるものを測っているため、どちらも正しいといえます。

編集部より:孤独を感じているなら、支援があります。日本政府の孤独・孤立対策の支援サイトでは、相談窓口やアドバイスに関する情報を得られます。また、TELL Lifelineでは、必要に応じて英語による無料・秘密厳守の相談を受けられます。